手本になる僕の仕事はテレビのディレクターです。この世界は徒弟制度もきつく、厳しい業界、ADとして入っても5人に1人ディレクターとして残るかどうか、やめる事を見込んで人事採用をするのが当たり前の業界なのです。 当然、僕自身も何度もやめようと思いました。 理不尽なイジメ、偉そうにする先輩、恥をかかすための怒り方、何日もの徹夜、 様々な要因の中で、どうしても我慢できなかったのは、 後輩を怒鳴り散らす事で自分を偉く見せる、下を否定することが自分の肯定手段というディレクターのやり方。 そしてそのやり方が、正解であると言う業界そのものの体質でした。 僕自身が、将来そうなると言うことが許せなかったのです。 もう次の仕事の当たりもつけいつやめるかと考えていたときに、大道具担当のある人に声をかけられました。 「元気ないなあ、飲みに行こうか」 安い大衆酒場に連れて行かれた僕は、ディレクターと言う世界の汚いところ、いやなところ、何故やめようと思っているかをその大道具さんにぶちまけました。 ししゃもをあてに冷酒を飲んでいた彼は、笑顔でたった一言こんなドバイスをくれたのです。 「そんな体質変えたらええねん」 目からうろこが落ちるとはこんなことなのかとそのとき初めて思いました。 そのあとに彼の言葉はこう続きました。 「自分がなりたい将来が、自分の上にいないんやったら、自分でイメージ作るしかないやん、僕等の仕事も、作りたいテレビのセットがあってそれの手本になるもんがないんやったら、自分が手本となる、第一号を作るしかないねん」 確かにそうだと思いました。学生時代から常に何か手本があってそれをなぞることで自分を作ってきたけど、社会に出たら、上にいる人が手本になるとは限らない。 そんなときは自分のイメージを手本にし、今度は自分が手本とならなくてはいけない。上がいやだからやめると言う事は全く持ってナンセンスだと気付いたのです。 上がいやなら、自分は違う上になればいい、 おそらくこの人がこの言葉をくれなかったら、いろいろな業種を転々とし、いまだに、上司の愚痴ばかり言っていることでしょう。 汚い現場の作業着のまま、ししゃもをあてにして飲んだ、その大道具さんとの酒は、この仕事を続けている限り決して忘れることはないと思います。 ジャンル別一覧
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